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学校での話し合い。

学校で、すうに関わる人が集まり、すうのことを話し合いました。

担任の先生。通級の先生。言語の相談室の先生。

私。プー。

すうの教室で行いました。

ロッカーの上には、出校日に提出された、「アイディア貯金箱」がずらりと並んでいます。

すうは、「金食いだるま」と称して、

ガチャガチャカプセルを中に仕込んだ、

紙粘土のだるまの貯金箱を作りました。

お金は、口から入れて、口から出します。

あまり、貯まらなさそうだね・・。

キットを利用したもの、ほとんど親が作ったと思われるものもありますが、

すうはほとんどひとりで作りました。

ぱっと見は雑な仕上がりです。

でも、私はすうは偉いなあと思いました。

*   *   *

さて、3時間以上に及ぶ話し合いでは、

担任の先生がクラスでの様子(主に困りごと)、

通級の先生が通級での様子を話し、

中島先生がコメントや助言を、すうの特性を踏まえてお話してくださいました。

普段の月1の療育相談のなかで、中島先生はすうのことをどう捉えているのか、

いまいちよく分かんないこともあるな、

そのことをつきつめて話す機会も持てずにいるな、

と思ってきた私ですが、

なるほど、中島先生はすうと密に接しながらも、客観的にしっかりすうのことを把握していました。

これが、親にはなかなかできないことです。

ついつい、渦に巻き込まれる。

すうの困難さ、つらさを担任に語ってくれたことに、何より感謝です。

普通、2年生くらいでは、自分と他との違いに気づくことは少ないんですって。

すうは、こういう点では、1年くらい、成熟が早いのだそうです。

他と違う自分を、よくないものとして、責めているからこそ、

お手本にしたい級友を模倣していれば、きっと同化できると思っているのでしょう。

だから、言葉も悪くなる。

炎とドラゴン、みたいなTシャツを着たいと言う。

DSも欲しくなる。

すうが目指している級友は、

「身の程を知りなよ、すう」と言いたくなるようなタイプ。

クラスのリーダーというよりも、悪たれ。

きっと、その強さにあこがれるんでしょうね。

また、中島先生は、教室のレイアウトの提案もしてくださいました。

黒板の横の掲示板には、たいてい係活動の表が絵や写真入りで貼られています。

モモのクラスでも、ずっとそうでした。

しかし、こういうのは、気が散りやすいとか。

できれば、ここに、今習っている算数のポイントとか、

持ち物管理の上でのポイント(たとえば「筆箱に鉛筆○本入ってるかな」)を掲示しておくと、

(すうだけでなく)子どもたちが助かる、と。

集中がとぎれたときの、お助け掲示になるといい、と。

また、「叱る」ときには「波平式」がいいとか。

私は、「コラッ、カツオ!」みたいな、瞬間湯沸し型の叱り方かと思ってしまったのですが、

そうではなく、「自分の部屋に呼んで、諭す」叱り方だそうです。

「ほめるときは、みんなの前で、

叱るときには、本人だけのときに」

特有のプライドがありますからね。

そのプライドのため、一度提出できなかったもの(たとえば宿題プリント)を遅れて提出することも難しいとか。

すうはそういうことが頻繁です。

そして、すうは自分のボディイメージが乏しいのだそうです。

たとえば、自分の手の長さが分からない。

だから、不器用でよくぶつかる。

体育の整列時にぶつかっては、トラブルになる。

不器用で、力の加減も難しいのに、

なかなか精巧な絵をかくということは、

本人の努力によるものだと思います。

すう、ケナゲだなあ。

昨日の作陶でもそうでしたが、高い理想と、追いつけない現実(不器用さのせいもある)の間が埋められなくて、苦しむ。

「これだけできたんだから、いいじゃん」にはできない。

ここを、どう導いていくのか、それは私やプーの課題です。

むずかしい。

専門性の高い話は、私にも理解困難でしたが、

(中島先生も、「僕ばっかししゃべりすぎちゃった」と後でおっしゃってました。)

多岐に渡るお話が聞けました。

何より、このように、集まる機会が持てたことに感謝です。

この集まりで、すうの困難がすぐラクになれる訳ではありませんが、

問題を提起し合ったり、別の角度から捉えることができると思います。

学校は、すうのカルテのようなものを、ぜひ残していただきたい。

今日の話し合いのことも書かれていて、

来年度の担任も、追記していけるような。

「特別支援委員会」みたいなものがおそらく存在すると思うので、

ひとつのケースとして、他の先生方にも伝えていってほしい。

そしてまた、こういう機会を持ちたいです。

・・・すうに、学校以外の、気の合う友達と日常的に接する場があって、

そこで輝ける自分を見出せれば、

いろんな困難をやり過ごしていけるんじゃないか、と私は思います。

でも、そういう場を見つけることが困難なのです。

学童はない。

お絵かき教室も行かなくなってしまった。

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